気持ちは前向きだったが3月の終わりイースターの日に感染症で入院した。
朝パジャマの胸の当たりが濡れていた。 驚いて見てみるとなんと縫い目が開いていた。小さい点のようだったが、中に黒く光っている物が見えた。 これはウォーターバッグだったらしいが、その傷から感染しているようだ。
ERに行き、注射の時に血管に針が入らずに何回も刺されて思わず泣いた。後何回こんなこと繰り返すのだろうかと思いながら。 もう泣かないと思っていたのに。
抗生物質を入れながら翌日開いたところを2針だけ縫う。
ドクターは「このまま様子を見るけれど、この後も悪いようならインプラントを取り出す」という。 放射線をしていたので革が固く薄くなっているらしい。
また入院。 病院は嫌だ。夜もうるさくて眠れない。また4針縫ったけれどそこも痛い。今度は大きいホッチキスのような物を使う。具合が悪くなりナースコールをしても、しばらく誰も来てくれなかった。
やっと退院してホッとしていたのだが1週間後になんと1センチ位大きく開いていた。ホッチキスの針もビラ下がっている。 皮膚が固く弾力もなく、古いゴムタイヤのようで、くっつかないのだった。
翌日に入れ替える手術か、もしくは決めていた卵巣の手術の時に取り出してしまうか話し合うという。
もう嫌になり、情けなさと辛さといろいろな感情が押し寄せる。
こんなこと繰り返す私ではなく、新しいワイフと新しいママと楽しい人生を送って欲しい、と思ってしまう。
やはり翌日4月5日に手術になった。 卵巣と子宮の手術は伸ばすことにした。もう手術は十分だ。今までで4回。 この2つを入れると6回になる。
この手術は小さいバッグに入れ替えるだけだったので時間も短く吐き気は全く無かった。これはすごく嬉しい事だった。手術の胸は痛かったけれど、すぐに家に帰ることが出来た。
それでもやはり手術後なので頭の半分に砂が詰まっているような気分だった。ゴーゴーと音がする。眠いようなフラーっとした感じでいつもよりは、うんとましだった。
翌日また病院へ。 包帯を取ると太いメタルのようなもので留めてある。このビジュアルはショッキングだ。数えたら11針ついていた。
同じ場所を4回も切ったことになる。
そして、それはまた失敗に終わったのだった。
手術をして23日後。また穴が空いた。
どうしてもくっつかない私の皮膚。
これはもう取り出したほうが良いと言われ、また落ち込んで泣いた。何度同じ所を切るのだろうか? これから子宮と卵巣の手術もある。
手術から2日後包帯を取る。前にもましてえぐれた胸。
はじめて全摘手術をした時よりもショックだった。 あの時は「再建手術をして綺麗になるんだ」と希望があったから。
この頃生きるってどういうことだろうと考えてしまっていた。 買っておいた綺麗なブラジャーが無駄になってしまったな、と。
なにもかもいやになり、こんなボロ雑巾みたいになった私と別れて綺麗な奥さんをもらって欲しいと本気で思った。優しい女性に息子のお母さんになってほしいと思った。
泣きながら「ボロボロの日本の中古車なんて捨てていいよ」と夫に言う。すぐに意味を理解した夫は新車より中古車が好きなんだなあと笑う。嬉しい言葉だけど私は精神的に限界だった。
医者はまだチャンスはある。1年くらい待って今度は自家組織でしてみたらどうだろうと言ってくれたがもう手術はうんざりだった。
子宮と卵巣の手術もまだ決めかねていた。
卵巣の腫瘍を調べるのに1つだけにしようか?それともPetスキャン(より詳しくがんの有無を調べられる機械)をしてもらい手術はやめようか?と考えていた。
その頃リンパ腺の転移数での生存率のグラフを見てしまい、凄くショックを受けた。
4つ以上の転移は5年生存率は40から50% 10年はなんと15から30%だと。この数字はあまりにも私を打ちのめした。
生きていく気力がどんどん失われていった。
そしてこの頃から人前に出られなくなってしまっていた。外に出ると汗が吹き出し、蕁麻疹が浮かんでは消える。絶望の気持ちは人をここまで変えてしまうのか。この症状は数年も続いた。
腫瘍医を変えてもらった。特に卵巣の手術が決まってからは話しづらく、気分屋で男性のドクターとは話をしたくなかったのだった。
6月に初めて新しい腫瘍医とのアポイントメントがあった。すごくプロなキビキビした女性だ。何でもはっきりと言う。
そして手術をしたくないと言う話の時に
「もしも再発したら、あなたの命はすごく、すごく短いのよ」と脅かされる。 Very very shortと言った。
一緒に病室にいた息子はわっと泣きだしてしまった。もうずっと精神的に安定していたというのに。 医者はすぐに息子の手を取り
「だから再発しないように頑張らないといけないの」と説明してくれたが、あらためて癌の恐ろしさを再確認した。この日摘出手術の決意をする。
2箇所も転移のリスクがなくなるのなら、やはりしよう。
もう息子を泣かせたくない。楽しい思い出でたくさんにしてあげたい。
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